こんにちは。ちょっと長くなりますが、お付き合い下さい。
Code 1とCode 2の違い
まずは本題にお答えすると、Code 1とCode2では所有権の扱いが異なります。後程説明しますが、Code 1もCode 2も(内部的に)イテレータを使ったコードになっているので、イテレータを使うかどうかという違いはないです。
Code 1では vec!
で作られた値を参照しており、 Code 2では vec!
で作られた値を消費しています。これは1. vect
の型が &i32
か i32
か、 2. for
式文のあとでベクトルが使えるかどうか、で違いが表われます。少しコードを書き換えて試してみましょう。
// Code 1
fn main(){
// 一旦変数を束縛しておく
let vec = vec![0,1,2,3,4,5,6,7,8,9];
for vect in vec.iter() {
// vecを参照しているので、要素も参照になる
// vectは&i32
let vect: &i32 = vect;
println!("{}",vect);
}
// forのあともvecを使える
println!("{:?}", vec);
}
// Code 2
fn main(){
// 一旦変数を束縛しておく
let vec = vec![0,1,2,3,4,5,6,7,8,9];
for vect in vec {
// vecを消費しているので、要素をそのまま取り出せる
// vectはi32
let vect: i32 = vect;
println!("{}",vect);
}
// forのあとvecを使おうとすると所有権エラー
// println!("{:?}", vec);
// error[E0382]: borrow of moved value: `vec`
// --> iter.rs:8:22
// |
// 2 | let vec = vec![0, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9];
// | --- move occurs because `vec` has type `std::vec::Vec<i32>`, which does not implement the `Copy` trait
// 3 | for vect in vec {
// | ---
// | |
// | value moved here
// | help: consider borrowing to avoid moving into the for loop: `&vec`
// ...
// 8 | println!("{:?}", vec);
// | ^^^ value borrowed here after move
//
// error: aborting due to previous error
//
// For more information about this error, try `rustc --explain E0382`
}
イテレータの存在意義
イテレータと for
の関係
次にイテレータの存在意義ですが、一番分かりやすいのは for
式文のためです。for
とイテレータは独立したものではなく、 for
はイテレータを便利に使うための構文なのです。
Rustで for
を書いたときは、コンパイラが裏で while let
という構文とイテレータを使った表現に書き換えています。
// for
for e in v {
// do something
}
// 上の式はこう展開される
let mut iter = v.into_iter();
while let Some(e) = iter.next() {
// do something
}
Rubyも同様に for
文は each
で書き換えられます(参考: 制御構造 (Ruby 2.7.0 リファレンスマニュアル))
RubyでもRustでも配列や範囲(start..end
)など、違うオブジェクトを for
で扱えるのはイテレータで抽象化しているからなのです。
その他の存在意義
イテレータの他の存在意義は
- 「くりかえせるもの」という概念を抽象化する
for
でやりがちな処理をメソッドとして共通化できる
- (Rustにおいては)パフォーマンス上のメリットもある
などが挙げられます。3は少し込み入るので1, 2についてだけ触れます。
1.「くりかえせるもの」という概念を抽象化するについて
Rubyだとダックタイピングがあるので意義が薄いですが、Rustだと概念の抽象化は必須です。例えばベクトルを拡張する extend
メソッドはこういう型シグネチャをしています。
fn extend<I>(&mut self, iter: I) where
I: IntoIterator<Item = T>,
イテレート可能なもの(正確には IntoIterator
を実装している型ですが)ならなんでも引数にとれます。このおかげで、次のようにベクトルやスライス、範囲などさまざまなものを引数にとれます。
let mut vec = vec![1];
// Vec<T> を渡せる
vec.extend(vec![2, 3]);
// &[T] を渡せる
vec.extend([4, 5, 6]);
// Range<T> を渡せる
vec.extend(7..10);
このように、「くりかえせるもの」を値として扱いたいときに有用です。
2.for
でやりがちな処理をメソッドとして共通化できるについて
そのままですが、よくある処理をメソッドとして共通化できると便利です。例えば「最初の5要素の和をとる」処理はイテレータを使えばRustでこう書けます。
vec.into_iter().take(5).sum()
同じことは for
でも書けますが、 5つ数えたり合計値を収める変数を用意したり、ちょっと手間がかかりますよね?それらをメソッドにまとめることで手間を節約できます。あるいは、 zip
のように for
では少し書きづらいような処理もメソッドにできます。
まとめ
以上で vec![]
と vec![].iter()
の違いと、イテレータの存在意義が伝わったでしょうか。蛇足になりますが、下に余談が2つ続きます。
余談
余談1 for vect in vec![..].iter() { /* ... */}
について
先程説明したとおり、この式は以下のように展開されます。
let mut vec = vec![..].iter().into_iter();
while let Some(vect) = vec.next() {
// ...
}
vec![..].iter().into_iter()
という式が出てきましたね。イテレータを2回とっているようで無駄に見えるのは置いておきましょう。
注目するのは返り値です。この式は std::slice::Iter
を返します。ところで、 Vec
から std::slice::Iter
を得るのは実は別のやり方があります。(&vec![..]).into_iter()
でも同じものが出てくるのです。
つまり、 vec![..].iter()
== vec![..].iter().into_iter()
== (&vec![..]).into_iter()
です。into_iter
は for
が勝手につけてくれるので、結局以下の2つの式は同等ということになります。
// .iter() を呼ぶやりかた
for vect in vec![..].iter() {
// ...
}
// &をつけるやりかた
for vect in &vec![..] {
// ...
}
Rustではイテレータを意識しない &vec![..]
の方が好ましい書き方とされています。See explicit_iter_loop
余談2 内部イテレータと外部イテレータ
RubyのイテレータとRustのイテレータは実は種類が違います。Rubyのものは内部イテレータ、Rustのものは外部イテレータと呼ばれます。
Rubyのものは it.each {|e| ... }
のように、処理をメソッドに渡してしまうスタイルです。これはイテレータ自身が繰り返し処理を担当します。
Rustのものは while let Some(e) = it.next() { ... }
のように、他の制御構造と組合せて使うスタイルです。
今回の質問にこれらの違いが関係することはないのですが、両者をないまぜにしてイテレータのことを考えていると混乱しかねないので一言補足しました。