IEEE 754 の倍精度で、最近接偶数丸めを使った場合を考えます。
このとき、10 進表記で 17 桁が最適です。ただし注意点があるのでこの投稿を最後まで読んでください。
IEEE 754 文字列表現
IEEE 754 には、浮動小数点数のビット列を文字列形式に変換する機能の仕様があります。特に 10 進表記の文字列とは相互変換のアルゴリズムが定められており、このアルゴリズムにしたがうと倍精度では 17 桁の有効数字が最適です。
IEEE 754 には更に、17 桁よりある程度多すぎても駄目だと書かれています。文字列への変換の実装によっては有効数字を 17 より 3 以上増やしてしまうと逆変換で元に戻らない場合があるそうです。 (具体的にどのような実装だとそうなるのか私は把握していません。)
16 桁だと駄目
しかしそもそもどうして 17 桁必要なのでしょうか。以下、なぜ 17 桁必要なのかを理論的に考えます。
まず、16 桁だと駄目な例があります。たとえば 2 進表記で 1.111...111 (小数部分には 1 が 52 個) となる数 x
は、2 進表記の 10.0 (10 進表記の 2.0) に近いものの 10.0 未満の数です。しかしこの数 x
を 10 進表記の有効数字 16 桁で近似すると繰り上がりが起こって 2.000...000 になってしまい、これを 2 進表記に戻しても 1.111...111 にはなりません。
以下は、実際に C 言語でこのことを確かめるプログラムとその実行結果です。Wandbox でも試せます。
#include <stdio.h>
int main() {
long long p = (1LL << 53) - 1;
long long q = (1LL << 52);
double x = (1.0 * p) / q;
// 整数部分に 1 桁あるので小数点以下は 1 小さいです。
printf("16: %.15lf\n17: %.16lf\n18: %.17lf\n30: %.29lf\n", x, x, x, x);
return 0;
}
$ gcc prog.c -std=gnu11
$ ./a.out
16: 2.000000000000000
17: 1.9999999999999998
18: 1.99999999999999978
30: 1.99999999999999977795539507497
17 桁だと OK
1 桁増やして、17 桁あれば正確に文字列で表すことができます。つまり、実数の倍精度浮動小数点数 F
を 10 進表記で有効数字 17 桁の小数 D
に変換したとき、D
を浮動小数点数に逆変換した結果は必ず F
になります。
このことを示すには、浮動小数点数側の持つ「表現している値」の区間が、変換先の 10 進表記側の持つ「表現している値」の区間を真に含むことを言えば充分です。というのもこれが言えると、浮動小数点数から変換した先の 10 進表記の数 D
が表現している値の区間 [D - δ/2, D + δ/2]
(最近接丸め) に含まれる浮動小数点数が高々ひとつであることが言えるからです。つまり、浮動小数点数を 10 進表記に変換したものを逆変換すると必ず元に戻ってくることが保証できます。
さて上で述べたことを示すには、浮動小数点数側の区間幅の半分が 10 進表記側の区間幅より大きいことを言えば良いです(区間幅の関係図を描くと分かります)。具体的に区間幅を計算してみましょう。10 進表記したときの数 D
が 10ⁿ ≦ D ≦ 10ⁿ⁺¹
という大きさの数のとき、D
の有効数字は 17 桁なので D
の持つ区間の幅 δ
は 10ⁿ⁻¹⁷⁺¹ = 10ⁿ⁻¹⁶
です。対して 2 進表記側の仮数部は (52 + 1) bit なので、10ⁿ < 2ᵐ
となるような最小の m
を使うと、2 進表記側の区間幅は最小でも 2ᵐ⁻⁵²
であると言えます。2⁻⁵² / 2 = 2⁻⁵³ ≒ 1.11 × 10⁻¹⁶
であることから区間幅の大小関係を比較すると下のとおりです。
10ⁿ⁻¹⁶ < 2ᵐ10⁻¹⁶ < 2ᵐ2⁻⁵³ = 2ᵐ⁻⁵² / 2
したがって示せました。
ただしどちらにせよ注意せねば駄目
以上で、倍精度の浮動小数点数のうち実数であるものを文字列で正確に表すには有効数字が 17 桁あれば良いことが分かりました。
ただし、もし IEEE 754 の浮動小数点数の情報を一切欠かすことなくテキスト形式で保存したいのであれば、これでも不充分です。というのも IEEE 754 には signaling NaN が存在し、これを単に "NaN"
という文字列にすると仮数部のビット列に込められていた情報が失われてしまうからです。
signaling NaN が quiet NaN になってもよいのであれば、この桁数の文字列にすることで浮動小数点数と文字列の間を正確に変換できます。実は先に述べた IEEE 754 の文字列表現についての仕様にも NaN について書かれており、signaling NaN が quiet NaN になってしまうことを除けば正確に文字列表現できるように実装せよと書かれています。
補足と謝辞
- 非正規数について議論しませんでしたが、非正規数は正規数より有効数字が小さいので OK です。
-0
があるため、文字列として出力されるまでの間で有効数字以外に符号が保存されているかも気にすべきです。
- 場合によっては、ロケールに気を付けるべきです。小数点が
.
になるか ,
になるかが変わる場合があります。
- 16 桁における具体的な反例は、hidesugar2 に教えてもらいました。ありがとうございます。
- 回答を考える際、最初計算機イプシロンが 1.11 × 10⁻¹⁶ だから 17 桁、と言おうと思ったのですがこれだけだと理由が不充分でした。計算機イプシロンは丸めにおける最大の相対誤差のことですが、これは他の基数へ変換して逆変換したときの誤差についてまでは述べていません。
- 参考